こころの体操(産業医コラム)

人によって感じるストレスの大きさが違うのはなぜ?

こんにちは、産業医の得津です。

 

職場で問題が起きて落ち込んでしまっている方のお話を聞かせてもらっていると、同じ出来事について捉え方が大きく違うなと感じます。そして、ネガティブに捉えてしまうということ自体が悩みになっている方もいらっしゃいます。

 

以前、好ましいことや喜ばしいことと思われることでもストレスの要因になり、それが「社会的再適応評価尺度」という指標になっているということはお話しました。

 

ところで、この尺度が定めている数値通りに全員がストレスの影響を受けているかといえば実はそうではありません。実際、「社会的再適応評価尺度」は日本人を対象とした場合は必ずしも同じにならないという調査があります(1)。これは日本人がストレスをどう捉えているかや文化・慣習の違いが影響していると考えられます。

 

例えば、解雇や退職という出来事は強いストレスを感じるものですが、雇用の流動性が高く転職がしやすいアメリカのような国と、それに比べると職場を変えることが一般的でなかった従来の日本社会とでは、受けるストレスの大きさは違ってくるでしょう。アメリカのドラマでも職場を辞めさせられて次の職場を探すようなシーンはよく登場しますね。

 

同様に、国という単位だけでなく、個人という単位でも同じ出来事によって生じるストレス反応の大きさが違ってくると考えるのが自然です。なぜ人によってストレス反応が違ってくるのでしょうか。それを考えるにあたって大切な概念が、「認知的評価」「コーピング」です。

 

「認知的評価」はストレス要因がストレスとなるときの個々人の捉え方のことです。アメリカ人心理学者のラザルスは著書のなかで、同じ出来事が起きても人によってストレス反応が違うという考え方を世に広めました。

 

「認知的評価」は1次評価と2次評価の2つの段階で行われていると言われています。1次評価とは、何らかの刺激や環境の変化があったときに、それがポジティブなことなのか、自分と関係ないことなのか、それともストレス要因なのかということを無意識に判断しています。

 

たとえば、向こうから機嫌が悪そうな上司が歩いてきたとします。これはストレス要因になりそうですね。ただ、それがいつものことで、実は機嫌が悪いように見えるだけで実はそうでもないということがわかっているなら、それは自分と関係のないことでしょう。

 

そしてこのとき、ストレス要因にも良し悪しがあるということを以前もお話しました。その要因は、「実際に自分に悪い影響を与えてしまった」のか、あるいは「今後悪い影響がありそう」なのか、それとも「乗り越えられそうなもの」なのか、という評価を私たちはとっさに判断しているのです。

 

先程の例では、機嫌の悪い上司が向こうから歩いてきたというだけではまだ何も悪い影響は自分に与えていません。しかし、「その後に自分に無茶なことを言ってきそうだ」というのなら今後悪い影響があるといえそうですね。一方、「その上司の機嫌が悪いのは最近いろいろと不幸なトラブルが続いて負担がかかってしまっているからで、それを慰めてあげれば自分に機嫌は治りそうだ」ということであれば乗り越えられそうな出来事だと考えられるでしょう。

 

さて、1次評価でその出来事がストレス要因だと判断されると、次に2次評価を行います。その要因に対してあれこれ考えているような段階です。それはどのような方法で解決できることなのか?今まで自分は同じような出来事に対処できていたか?などと考えて、ストレスとなっている要因自体や、不快感を取り除こうとしてストレスへの対処することをコーピングと呼びます。このコーピングのしかたについては今後お話したいと思います。

 

このように、私たちは何らかの出来事に対して無意識に評価を行い対処しているわけなのですが、まずはこの評価の仕方を少し変えるだけで、そもそも対処すべきストレスの性質を変えることができるとも考えられるのです。

 

1次評価の段階で、生じた出来事について、ストレス要因と評価していたことが、実は自分とはあまり関係ない、気にする必要のないことなのではないかと考えれば、そもそもストレス要因とはなりません。先程の例での上司が「怒鳴ってきたらどうしよう」「殴ってきたらどうしよう」と考えているとしたら、それは本当でしょうか?そんなことは実際にありえるでしょうか?そもそも他人の機嫌ですから、自分には関係のないと考えることはできないでしょうか。

 

さらにそれをストレス要因だと考えたとしても、それが乗り越えられそうなものだと考えることができれば、仮にネガティブと考えがちな出来事が起きたとしても、それは自分が成長することに役立てる挑戦だとポジティブに捉えることができるのではないでしょうか。

 

仕事をしているときに気をつけていたのだけれどもミスが生じて相手や上司に怒られてしまったとします。このときに「自分という人間は気をつけていてもミスを防ぐ事ができない不注意な存在だからもう同じような仕事はしたくない」と考えるのか、「気をつけていてもミスが生じるのだから今の気のつけかたではまた同じミスが起きてしまう。注意のしかたや見落としがあっても問題にならないような仕組みや心がけを改善していくいい機会だ」と捉えるのかでは、同じストレス要因だったとしてもその後の対処のしかたが大きく変わってくるのではないでしょうか。

 

このように、なにかストレスになりそうな出来事が生じた時、ご自身がどのような「認知的評価」を行っているのか、意識してみるようにしてみてください。それはそもそも自分がストレス要因だと決めたことによってストレスにつながっているのかもしれません。

 

 

 

(1) 八尋華那雄、井上眞人、野沢由美佳(1993年) ホームズらの社会的再適応評価尺度(SRRS)の日本人における検討 『The Japanese Journal of Health Psychology 』Vol.6, No.1, 18-32

(2) Lazarus, R. S. (1966). Psychological stress and the coping process.

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